Kaustien フォークフェスティバルに参加してきました

Kaustinen 2014

フィンランド中から音楽大好き人間が集合。1週間にわたって繰り広げられるフォークミュージック音楽祭。Kaustinenは、ちょうどフィンランドの真ん中あたりに位置する小さな村だ。わたしの家からは350km。私は1週間のうちの2日間参加してきた。会場には大小あわせて十数か所のステージがあり、それぞれのステージで15分から30分刻みで、いろいろなグループが上演する。わたしは、Pelimannnitが3回、演奏者だけのグループIiteamが2回、合計5回出演してきた。

2日間ともとてもいい天気に恵まれた。どこまでも青い空と、緑の芝生。木陰では6,7歳の男の子がヴァイオリンの練習をしている。向こうのベンチでは70歳くらいのおじいさんが一人は古いオルガンを弾き、もう一人はマンドリンを弾きながら歌っている。その歌にあわせて踊り出す人もいる。キャンプファイアーの周りではyhteislaulu(みんなで歌おう)が始まっている。なんという幸せな光景なんだろう。

朝から深夜まで、老若男女を問わず、楽器を奏で、歌い、踊り、心から笑う。この国の人たちは、楽しむことが本当に上手だ。この幸せな景色の中に溶け込んだ2日間だった。

この祭典は、明日まで続く。

みんなで創るという精神

ペリマンニットのお世話役のアンネさんに誘われて、Kuivaniemen kotiseutuyhdistys(クイバニエミの祖国協会)が主催する日帰りの小旅行に参加しました。

観光バスで古い歴史を持つハウキプダスの教会や、オウルの博物館など数箇所を巡る旅でした。

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そして帰り道、このKuivaniemen kotiseutuyhdistys 会員になってもいいということで、早速入会させてもらいました。といって何をしているグループなのかのかよくわからなかったのですが、毎週火曜日、クイバニエミ博物館(昔の民家をそのまま保管し、当時の生活用品や道具が使われていたままに展示してある)に夕方5時に集まって、老朽化する博物館の壁にペンキを塗ったり、草刈をしたり、保管のために自由な無給の作業を行います。また7月からは隔週でこの庭でYhteislaulu(みんなで歌おう)が開催されます。これには去年の夏、数回参加して演奏したことがあるのですが、このグループの活動の一部であることは知りませんでした。

そして昨日、初めてKUivaniemen kotiseutuyhdistysの活動に参加してみました。先のとがったシャベルを持っていたら、来るときに持ってきてということでした。今は、博物館横の空き地に倉庫(かなり大きなものです)を建てるということで、穴を数箇所掘って基礎を作っているところでした。

フィンランド人は何でも自分たちでやります。そしてどの人もその方法を知っています。それぞれが自分の持っているものを提供し、それは労力であったり、トラクターであったり、技術であったり、材木であったり・・・ そして数ヵ月後、ここに立派な倉庫が出来上がるのです。実際にかかる費用はほんのわずかです。自分たちの村だから、自分たちの歴史だから、自分たちで守っていく。誰に強制されるわけでもなく、参加するもしないも、提供するもしないもすべてが自由の上に成り立っています。日本人のボランティア活動から感じられるような胡散臭さは全く無く、静かな感動だけが感じられる風景でした。

フィンランドでは、何かをやろう、作ろうとなったら、こんな風に自然に賛同する人たちが集まってきて、ほとんど費用はかからずに、なんでも簡単に出来てしまうのだろうと思います。前回の記事で書いた「社会と人生の未来を考える学校」も、一人でやろうと思うと莫大な資本が必要になって来ます。でも、必要だと思う人が呼びかけ、自主的に集まって、自分たちのためのものを創るのだからという精神で、損得を考えずに自分の持てるものを提供し合い、知恵を寄せ合ったら、企業からの寄付を当てにしなくても、宝くじが当たるのを待たなくても、すぐに出来るのに・・・

アンネさんは男たちに混じってスコップで作業をしていましたが、他の女の人たちはコーヒーとプッラの用意をしたり、博物館の中のカーテンの付け替えを考えたりして、合間に私にいろんなことを教えてくれます。70歳くらいの女性から「今日は来てくれてありがとう」と言われました。「私は何にもやっていない」と言ったら、「ここに来て、ともにいることが素晴らしいことなのよ」と。

結局この作業は夜の9時まで続き、久しぶりの肉体労働に夫も汗だくで、筋肉痛になりそうといいながらも、フィンランド人のこの精神に深く感動し、爽快感で帰ってきました。

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離婚

7月22日は長男の33歳の誕生日です。
日本で一人暮らしをしています。
この長男が7歳のとき、私は一度目の離婚をしました。
(私は二度の離婚経験があります。現在のパートナーは3度目の夫です)
一度目の夫は5歳年上の銀行員。暴力をふるうわけではなく、浮気をするわけでもなく、ギャンブルに走ることもありませんでした。ただ、心が通じ合わなかった。話し合うということがまったくできない人で、話し合おうとすると「女のくせに理屈っぽい」と言い、不機嫌になります。彼の口癖は「誰のおかげで食べられると思ってるんだ」…。
銀行というのはよほどストレスのたまる職場なのだろうというは想定が着きましたが、自分がこんなに苦労しているのに、相手(私)が気分良くいることは許せないというような、敵対心をいつも感じていました。
その頃の私は、家で小中学生相手の塾を開き、そこそこの収入もあり、生きがいもあり、近所の人たちとの人間関係も順調で、もちろん長男も問題なく成長し、申し分のない生活を送っていました。
唯一、夫との関係を除けば…
銀行員のことですから、朝早く出勤し、帰りも夜8時までに帰ってくることはまずありません。
ということは、夫と向き合わなければならないのは一日のうちわずか3時かほどということになります。このわずか3時間さえ我慢すれば、経済的安定と、世間体を保つことができるのです。
そして、この3時間を除いた残りの、快適で安全な時間は、保障されているのです。
ただ夫婦関係というものは、人生の基盤となるものです。
この一番大切にしなければならない、人生をともに生きるはずのパートナーとの関係がこれでいいのかという疑問が私の頭から離れませんでした。
続きは次回に。