いざ、出発!!

 夜明け前に、家の近くのJR駅まで夫に送ってもらう。
関空行きの電車に乗り込むなり、スーツケースをこかしてしまう。
ハラハラドキドキの旅が始まった。
日程は、ヘルシンキのユースホステルに2泊、
長距離バスにてトゥルクへ行き、トゥルクのユースホステルに5泊、
再びバスでヘルシンキに戻り、高速艇でバルト海を渡りエストニアへ。
エストニアに2泊して、最後にヘルシンキで3泊。
合計12泊13日の旅だ。

案の定、文章では書ききれないほどのハプニングの連続だった。
ユースの2段ベッドのハシゴが登れなかったり、
バス乗り場がわからなかったり、
トゥルクで熱を出し、ユースホステルを急遽キャンセルし、3泊ホテルで寝込んだり、
エストニア行きの高速艇がキャンセルになり、違うフェリーに乗ることになったが、
その意味を理解するのに30分以上かかったり、
エストニアからヘルシンキに帰る船が連続キャンセルになり、
あわや日本に帰れなくなるかもと言う危機に遭遇し、
全部日本語でまくし立てたり、
雨に濡れながら、泣き出したい気持ちでエストニアの港とホテルを3度も往復したことも・・・

でもこの体験があったからこそ、私は今こうして、夢に見たフィンランドの森で暮らしています。
あの時テレビで見たフィンランドの首相の言葉は、わたし達の運命の道を示すサインだったと、今は確信しています。
「やりたい!」「やってみたい!」と心が叫んだら、それは運命のサインだと言う証拠です。それを実行することは、ほとんどの場合、相当な勇気が要ります。
私にとっての海外一人旅は、まさしく清水の舞台から飛び降りるほどの、勇気が必要でした。
その観点から見れば、私の人生は「勇気をふるう」ことの連続でした。
現状の矛盾や理不尽に気づきながら、見ないふりをしたり、自分自身の不甲斐なさを「我慢・忍耐」と言う言葉に摩り替えたりして、現状維持をすることは、ある意味簡単です。
私の離婚も海外移住も、同じ種類の勇気が必要でした。
人生には、適材適所に運命を示すサインが必ずあります。
それを見逃さないことが、自分らしく生きることにつながると、わたしは思うのですが…

一人旅の準備

海外旅行は、それまでにタイのピピ島3回と、インドネシアと、インド。
どれも、現在のパートナーと一緒に、でした。
ヨーロッパは初めてで、しかも一人旅。もちろんツアー参加ではなく、自由旅行です。

そしていよいよ、航空運賃などの事情から、旅行日程は5ヵ月後の10月17日から2週間と決めました。

まず第一の問題は、とにかく、運動神経が異常に鈍いのです。
人が普通にできることができない。
なんでこんなところで、というところでコケる。
なので、旅行日程は2週間でしたが、スーツケースはできるだけ小さいもの、4,5日の旅行用のものを選びました。(結局はその小さいかばんでも、旅行中に10回近く倒して、お土産のクッキーは粉々になっていました)
第二に英語ができない。
中学校から始まって、高校、大学とずっと英語の授業を受けてきたのに、どうしてこんなに英語が話せないのでしょう。フィンランドでは、小学校で英語、中学校では第2、第3外国語、高校では第4、第5外国語まで勉強するそうです。現在のような教育を受けてこなかった老年のフィンランド人以外は、ほとんどの人が英語を話すことができます。
以前、夫が「日本の英語教育はテストのためだからほとんどの日本人が英語を話せない」と言ったら、「英語教育は話すためにあるんですよ」と、フィンランド人に言われたことがあります。当たり前のことですが、当たり前のことができていないですよね、今の日本は。
と、ぼやいていても行く日は刻々と迫っています。わずか5ヶ月で英語をマスターするのは無理なので、とにかく、日常会話は毎日勉強しつつ、私は観光が目的ではないので、フィンランド人に質問したいことを、30項目ほど考えて、それを辞書を使ったりネットで調べたりしながら英語に翻訳するという作業に取り掛かりました。
結果は20人ほどのフィンランド人に答えてもらったのですが、興味のありそうなことを言っているのはわかるのですが、英語ができないばっかりに、それ以上の突っ込んだ質問をすることができず、とても残念な思いでした。
みなさん、英語は話せるようになりましょう。
今年の一月から、フィンランド語を独学で毎日勉強しています。
といっても、すでに58歳です。記憶力にはやはり限界があります。9月からは「外国人のためのフィンランド語教室」に通う予定です。75時間の授業を70ユーロで受けることができます。ここは本当に教育費が安いんです。
ちょっと話がそれてしまいましたが、そうこうしているうちに、とうとう出発の日がやってきました。
つづく。

写真は、昨日うちの庭で採れたベリーです。なんと言う名前かは知りませんが、今朝、ジャムにしたらとってもおいしかったです。ベリー

私が初めてフィンランドに来たワケ

それは、今から5年前の出来事です。
ある日の午後、『チチンプイプイ』という関西系のワイドショーを、なんとなく見ていました。当時、Pisaの学力判定で、競争することを辞めたフィンランドが一位になったということで、フィンランド特集が組まれていました。
その日も番組のメイン司会者がレポーターとして、実際にフィンランドに行き、取材をしている風景が映し出されていました。「歓楽街がない」とか、「華やかな観光施設がない」とか、地味な国というイメージが前面に押し出されたないようでした。スタジオでそれを見ている他の出演者たちは、口々に「いい国だと思うけれど、退屈そう…」という意見を言っていたのを覚えています。
でも、
そして最後の取材でフィンランドの首相に直接インタビューがあり、
「フィンランドは確かに学力一位になりましたが、離婚率も高いですよね」という、フィンランドを非難するようなにおいをこめた質問をしました。
その質問にその首相が答えた言葉が、私の人生を大きく変えるきっかけとなったのです。
なんと、彼は「心が離れた二人が一緒にいることのほうが不幸でしょ」と言ったのです。
一国の首相が、しかもそのようなことに全く理解がないと思っていた50から60代の男性が、そう言い切ったのです。
私は身体の中に電流が走るほどの感動を受けました。
「すごい!! こんなすばらしいことが言える首相がいる国を見てみたい」
わたしは、隣の部屋で書き物をしていた夫に、そう言いました。
と言っても、本当に行くつもりは、なかったと思います。
なぜなら、夫は『南の島、推奨派』で、文明の発達したところで人間らしく生きられる場所はないと、常日頃から言っていましたので、まず夫は行くわけはないと思っていました。もちろん英語が全く苦手で、運動神経が鈍く、一人で大きなスーツケースを持って下りのエレベーターに乗れないと言う私が一人で海外に行けるわけがないと思っていたからです。
ところが「見てくるといいよ」という、夫の返事。
「一緒に行ってくれるの?」
「違うよ。一人で行けばいいよ」
「・・・・・・」
心の中では「この私が?」「一人で?」「フィンランドに?」
でも、わたしたち夫婦の間には、いつの頃からか「ある決まりごと」が生まれました。
それは、「自分の成長のために役に立つことだとわかっていても、勇気がないばっかりにあきらめてしまうのは、一番恥ずかしいこと」と言う見方です。
私は確かに「行きたい」、「見てみたい」と思ったのです。
それを一人で行くのはコワいからあきらめると言うことは、口が裂けてもいえないことなのです。
その日から、とろくて、鈍くて、英語力ゼロである私の、フィンランド一人旅に向けての準備が始まったのです。