Eläkeliitto(年金生活者の会)

Eläkeliitto は年金生活者の会で、私と夫は4年前から参加している。
最初はPelimannit という別の音楽グループに所属して、私がフルート、夫がギターを演奏している時に、Eläkeliittoの夏の催し物で演奏してもらえないかというお声がかかった。
私と夫はとにかくフィンランドについていろんなことが知りたかったので、フルートとギターの腕前は全く自信がなかったけれど、快く承諾した。
その後、私たちも年金生活者(日本からの年金ではあるけれど)なのだからと、このグループに参加させてもらうことになった。会員数は定かではないけれど大体50人くらいだと思う。

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左がSeijaさん、右がEläkeliittoの会長さんのAnneさん。

2週間に一度、集会(Kahvitilaisuus)がある。そこではコーヒーとパンやケーキ(セットで2ユーロ)が提供されて、健康についての講演があったり、ロシアやアフリカに旅行してきた会員が、写真や土産話を話してくれたり、一緒に体操したり、歌を歌ったり、ゲームをしたりする。
私たちも、今までに3回「日本について」や「東洋医学について」などプレゼンテーションをしている。
この集会の他に、これも2週間に一度「手仕事クラブ(Käsityökerho)」の集まりがあり、ここでは手仕事の好きな女性たちが集まって、織物をしたり、編み物をしたりする。この時はなぜか無料でお菓子とコーヒーが提供される。この部屋には手仕事に必要なものがなんでもそろっている。中でも立派な織り機が5台設置されていて、誰が使ってもよい。私は昔から織物にあこがれていて、日本にいる頃から何度かこのような織り機を買いたいと思ったこともあったが、あこがれだけでまだ一度も織物はしたことがなかった。img_0709
MeeriさんやSeijaさんに、手取り足取り、丁寧に教えてもらったおかげですでに5点くらいの作品が出来上がった。

そして今日は、このEläkeliittoの集会のクリスマス会だった。お世話役の人たちは、おそろいの赤いとんがり帽子とエプロンをつけて、ベリーのプーロ(ミルクでお米をたいたおかゆのようなもの)やクリスマスパイの用意に大忙しだ。
教会の牧師さんがやってきて、クリスマスソングを一緒に歌う。この牧師さんは、私のかつてのフルートの先生の夫さん。
彼は歌うことがとっても好きで、必ず1曲はソロで自分の声にうっとりしながら披露するのが恒例のプログラムだ。
そして最後はいつものくじ引き。今日はクリスマスということで景品はいつもよりたくさん用意されていたにもかかわらず、私と夫はくじに当たらなかった。
するとSeijaさんが冷凍ベリーがいっぱい入った袋と、クリスマスパイを持って来てくれた。さりげなくいつもこういう目配りをしていてくれる。

いつもと同じように、あたたかい仲間が迎えてくれる安心できるスペースがそこにある。帰るときには、口々に「Hyvää Joulua!(良いクリスマスを!)」と言って、ハグし合う。
日本で味わったことのない心地よさを、この北の果ての異国で味わう運命の不思議を改めて感じる。

お医者さんには行かないつもりだったのに…

フィンランドではお医者さんに行かないことを覚悟して、私と夫は移住を決意した。
私たちのようなケースでの移住の場合、健康保険証をもらうことはできないと思っていたし、また仮にもらえたとしても、大好きなフィンランドに住ませてもらえるだけでこの上ない喜びなのだから、その上フィンランドにお世話になるなんてとんだもないことだと考えていた。
だから3年前、視力が極端に低下し(これは実は網膜剥離だった)、右目ではほとんど見えない状態になったときも病院には行かなかった。
ところが今年の始めに、たまたま手仕事クラブで軽い世間話のつもりで「フィンランドではお医者さんに行ったことがない」ということをうっかり口にしてしまった。
そうしたら、そこにいた仲間たちがむちゃくちゃ驚いて、それは絶対行かなきゃだめだと押し切られ、「通訳サービスもあるし予約するのもついて行ってあげるから」と、あれよあれよと受診することになってしまった。

フィンランドではまずその地域にあるTerveysasema(健康センター)でなぜ受診したいかということを話して予約を取ってから、なんでも屋さんのお医者さんの診察を受ける。これが何と一人1時間もかけて、身体の状態の話を聞いたり、診察したり、処方箋を出したり、ということをしてくれる。一般的な病気ならここでちゃんと処置をしてくれる。受診料は1年間に何回受診しても41ユーロ。処方箋は書いてもらえるがお薬を受け取るのはApteekkiで。料金は別。
私の場合はこの時、急に目や鼻にアレルギー性の症状が出始めたことと、子供のころの喘息が再発し始めたことを相談、薬を処方してもらった。目は一応眼圧は測ってもらったがそれ以上はそこではできないということで、大学病院での受診を勧められ予約を取ってもらうこととなった。
よほどの緊急性がない限り、この過程を踏まないと大学病院での受診はできない決まりになっている。この1時間の診察も手仕事クラブのお友達が前もって頼んでおいてくれたので、電話での通訳サービスを受けられた。
そしていよいよ、オウル大学病院での受診。思いもかけず眼科の看護婦さんが日本人(ワカナちゃん)で、担当のパシ先生(ワカナちゃんの影響を受けて日本語を少し勉強されているとか)も、本当に親切で普通なら網膜剥離になってから2年以上も放っておいて、今更来ても無理だよと放り出すところを、世話のかかる患者の私に言葉では尽くせないほどよくしてくださった。
診断の結果は、白内障や虹彩炎も引き起こし目の奥を見ることが出来ないほどになっているとのこと。まずは白内障の手術、それから虹彩炎を静めるための点眼を続け、その後、網膜剥離修復のための硝子体手術。すでに網膜はすっかり剥離していたため、この手術では完治手術ではなく一部を残しての修復しかできなかった。術後2か月、ブドウ膜炎発症のため点眼による治療。その1か月後後発白内障発症のためレーザー処置。その後、再度、網膜剥離硝子体手術。お世話にならないように努力しているつもりだったのに、結局はその努力が逆に働いて、ここまで大変なお世話をかける羽目になってしまった。

これだけではない。日本を出る前に極力歯の治療は済ませたはずだったが、1年くらい前から熱いものや冷たいもの、甘いものまでしみるようになっていた奥歯が今年の8月、でたまらないほど痛くなり始めた。
フィンランドの夏は、この上なく美しくさわやかで気持ちがいいので、仕事のためや勉強のために使うのではなく、楽しむためだけに使わなければいけない。だから子供たちはもちろん大人もみーんな長ーい休暇を取ります。
だから、フィンランドでは夏に病気になっちゃいけないのです。
歯医者さんは、先ほど書いたTerveysasemaの一部に設置されているが、ここクイバニエミのTerveusasemaは夏中すっかり閉鎖されていて、「ご用の方は隣町へ」ということになっていた。で、仕方なく隣町のTerveusasemaに予約を取りに行ったら、その日のうちに診てもらえることになった。その歯はすぐに抜かれ、他もかなり悪くなっているということで、今も歯医者さんには通院している。最初は緊急だったこともあって摘訳サービスはなかったが、その後は受けられている。

本当にお世話をかけないつもりでいたはずが、こんなにお世話になってしまうとは夢にも思わなかった。

クイバニエミの教会
クイバニエミの教会

ここクイバニエミは人口1,987人、広さ1,149.58 km² 、人口密度2.1人/1㎢。
この静かで穏やかな小さな村で、たぶん外人は私と夫の二人だけだろう。当然クイバニエミのTerveysasemaでも歯医者さんでも通訳サービスを使っているのは私だけということになる。

全く世話の焼けるお騒がせな、外人二人である。

自分のいたい場所

 私は、フィンランドに来たくて移住したけれど、いやいやフィンランドに住んでいる人も、中にはいるようです。
私にとっては天国でも、その人にとってのフィンランドは地獄のように思えるのでしょう。
私は二人目の夫と一緒にいたとき、兵庫県相生市に住んだことがあります。
わずか1年半ではあったけれど、嫌で嫌でたまりませんでした。目に入る何もかもが、気に入らなかったし、京都を懐かしんでばかりいました。京都が特別いい場所であったわけではなかったのに、相生をけなすために京都を美化していました。
でも、突き詰めてみれば、そもそもそのときの夫婦関係に問題があったのです。
間違った相手との生活を壊すことができない自分を責める代わりに、相生を標的にしていたことが、今ならはっきりわかります。
ユースホステルを経営していた頃、団塊の世代の夫婦が、泊まりに来る事が時々ありました。二人で旅行するくらいなのだから、そんなに仲が悪いわけではないのでしょうが、やはり惰性で一緒にいるだけという関係だったと思います。
そういう夫婦を見るたびに、私は二度の離婚は正解だったなとつくづく思いました。
あのまま夫婦を続けていたら、安定はあったかもしれないけれど、心はいつも不満でいっぱいで、いつも自分をどこかで恥じ、それを周りの人のせいにし、環境のせいにし、害毒を振りまいていたに違いないと思います。
「子供のため」という大義名分で、「自分の欲深さ」を覆い隠し、世間に対して良い母を演じていても、自分の奥底は自分の醜さを知っているのです。だから、自分自身が自分を決して幸せにはしないのです。
離婚を選んだ生活は、決して楽な道ではなかったけれど、今こうして、真の魂の伴侶と言えるパートナーと、このすばらしい国に暮らすことができている自分の人生に、心から感謝しています。
私をフィンランドに導いた当時のフィンランド首相の言葉「心が離れた夫婦が一緒にいることは不幸なことだ」は、なんとすごい名言だったことかと、改めて思う私でした。