自分のいたい場所

 私は、フィンランドに来たくて移住したけれど、いやいやフィンランドに住んでいる人も、中にはいるようです。
私にとっては天国でも、その人にとってのフィンランドは地獄のように思えるのでしょう。
私は二人目の夫と一緒にいたとき、兵庫県相生市に住んだことがあります。
わずか1年半ではあったけれど、嫌で嫌でたまりませんでした。目に入る何もかもが、気に入らなかったし、京都を懐かしんでばかりいました。京都が特別いい場所であったわけではなかったのに、相生をけなすために京都を美化していました。
でも、突き詰めてみれば、そもそもそのときの夫婦関係に問題があったのです。
間違った相手との生活を壊すことができない自分を責める代わりに、相生を標的にしていたことが、今ならはっきりわかります。
ユースホステルを経営していた頃、団塊の世代の夫婦が、泊まりに来る事が時々ありました。二人で旅行するくらいなのだから、そんなに仲が悪いわけではないのでしょうが、やはり惰性で一緒にいるだけという関係だったと思います。
そういう夫婦を見るたびに、私は二度の離婚は正解だったなとつくづく思いました。
あのまま夫婦を続けていたら、安定はあったかもしれないけれど、心はいつも不満でいっぱいで、いつも自分をどこかで恥じ、それを周りの人のせいにし、環境のせいにし、害毒を振りまいていたに違いないと思います。
「子供のため」という大義名分で、「自分の欲深さ」を覆い隠し、世間に対して良い母を演じていても、自分の奥底は自分の醜さを知っているのです。だから、自分自身が自分を決して幸せにはしないのです。
離婚を選んだ生活は、決して楽な道ではなかったけれど、今こうして、真の魂の伴侶と言えるパートナーと、このすばらしい国に暮らすことができている自分の人生に、心から感謝しています。
私をフィンランドに導いた当時のフィンランド首相の言葉「心が離れた夫婦が一緒にいることは不幸なことだ」は、なんとすごい名言だったことかと、改めて思う私でした。