“ 優しさ”ってなんだろう?

今日も、10㎝程の雪が積もっていて、朝から雪かきだった。
私と夫はお互いに雪かきをする受け持ち場所が決まっていて、いつもそれぞれの場所の雪かきをせっせとやり始めるのだ。
ちょうど半分くらいまで出来たとき、夫が私の受け持ち範囲の雪かきを手伝いに来てくれた。
前回の雪かきの時は、気温が上がったせいで今までになく重たい雪でしかも15㎝位は積もっていたから、ものすごく重たくてひどく疲れた。その数日後に私の目の調子が悪くなったものだから、またこの雪かきで目が悪くなってはいけないという夫の心遣いであることはすぐにわかった。
こういう時、もし私が夫の立場なら「また目が悪くなってはいけないから手伝うよ」と言うだろう。けれど、夫はそういう言い方はしない。「もう自分のやるところは終わったから」とだけしか言わない。
本当は、まだ夫の担当範囲は終わっていないに決まっている。私の倍以上の広さなんだから、そんなに早くできるわけがない。
こういう夫の”優しさ”はそこかしこで発見する。私だけに限らず、他の人にも同じように優しい。それを目にするたびに、私は駄目だなぁと自己嫌悪に陥る。
私も夫(または他の人)に思いやりのあることをしないわけではない。
けれど、そういうことをしたときは絶対相手に気づいてほしいと思って、「~をやっておいたよ」と一言付け足してしまう。
私の亡くなった父も夫と同じ”優しさ”を持ち合わせている人だった。孫の顔を見に私の家にやってきた時も、知らない間にお風呂の掃除をしておいてくれたりしたものだ。いつも黙って人の役に立つことをしておいてくれる。そして決して恩には着せない。

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  ゛優しさ゛って気持ちいい…

母も私が子育てに忙しい時や、病気になったときはいろいろ手伝ってくれたが、彼女の場合は「あれもやったし、これもやった」「あー疲れた」と、ひとしきり文句が付いてくる。やってくれるのは助かるが、頼まなきゃ良かった、もう今度は頼まないでおこうとよく思ったものだ。
なのに残念ながら、私はこういう点については間違いなく、母のDNAを受け継いでいるようだ。
こういう”優しさ”は、やろうと思ってできるものではない気がする。人間性というか、レベルの違いというか、簡単に備わるものではないことだけは確かだ。
フィンランドに来て出会った人たちもその”優しさ”を持った人が多い。彼女たちといる時の安心感は、その”優しさ”を肌で感じるからなのだと思う。

こんなにたくさんいろんな人から”優しさ”をもらっているというのに、
いつになったら私はその人たちのような優しい人になれるのだろう…

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