春の雪

 昨日は、快晴。
空はぬけるように青く、気温はぐんぐん上がり陽のあたる場所ではなんと15度。
屋根の上に積もった50cmほどの雪が徐々にずり落ち始め、ドドーンと言う地響きとともに、ブロックのように固まった雪が落ちてきます。
みるみる落ちた雪は、部屋の窓の半分くらいまでの高さに達しました。
3月25日にはウィンタータイムからサマータイムに切り替わります。
(今日の日の出は6時29分、日没は18時27分)
今日は昨日と一転して、朝から雪が降っています。でも気温は0度。もう春の雪です。
去年の冬は、オウルのマンションで過ごしていたので、暖房は、マンション全体にお湯が回り、いつも室温は20度前後に保たれているうえに、費用は家賃の中に含まれているので、まったく心配することなく過ごすことができました。雪が積もっても、頻繁に除雪車が来てくれて、車道も歩道もまったく普段と変わりなく使えるようになっていました。
だから、マイナス30度になっても室温は日本で過ごすより暖かで、快適でした。
けれど、何もかも自分たちでしなければならない森の家で過ごす初めての冬は、不安がいっぱいでした。
もちろん暖房は薪の暖炉で、シャワーや洗面所、台所のお湯を使うための沸かし器まで、薪で温める仕組みになっています。
冬のために、夫は夏の間ほとんど毎日、森に入り倒木を運び、チェーンソーで切り、斧で割り・・・という作業をし続けました。
でも、ひと冬にどれくらいの薪が必要なのか、マイナス20度から30度という極寒の中で暖炉だけで本当に暖かくなるのだろうか・・・
また、除雪はどこまでされるのかもわからないし、買い物やフィンランド語教室に出かけられるのかも心配でした。
けれど結局、水道管が破裂することもなく、準備した薪も十分足りて、来年の分もありそうなくらいです。暖炉の威力もすごくて一日5時間くらい焚くだけで、あとは分厚い壁に蓄熱される仕組みで、いつも室温は20度くらいに保たれます。
除雪も、場所によって国がするところ、街がするところ、地域がするところと、うまく役割分担がなされていて、いつ出かけても雪で困った事は一度もありませんでした。
そして、ようやくこの長い冬も終わりに近づき、春がもうすぐそこまでやってきています。
ひと冬が無事に過ごせた安堵感の一方で、大好きな冬が終わってしまうのが淋しい気もします。

昨日の私の部屋の窓からの写真です。屋根の雪が落ちて、窓が半分隠れてしまいました。
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思考の罠

 入り組んだ迷路の中に、ころころと転がって迷い込んでいく白い小さなボール。
経験と記憶から、思考はどんどん次の迷路を作り出す。
一時的に見せてくれる幻の満足を求めて、どんどん深みにはまっていく。
この道にゴールはなく、絶えず、不安と恐怖が押し寄せる。

いつも朝ごはんのとき、夫と2時間近く話をする。
今日の話題は「思考の罠」。
ゆうべ、ものすごいオーロラを見たせいかもしれない。
空一面に緑やオレンジのカーテンが、動いていく。
こんなすごいオーロラが家の庭から見られるなんて!!
寒さも忘れて、夫とはしゃぎまくった。

写真はデジカメで撮影したものです。
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自己申告

20120308_2388736 昨日は、いつもならフィンランド語教室のためにオウルに行く日なのですが、スキー休暇のために、お休みでした。
そこで、Kemiに買い物に出かけたのですが、Kシティーマーケットという大型スーパーで、買い物を済ませ車に乗ろうとしたら、車のウィンドーに紙がはさんでありました。
何かと思ってみてみると、駐車場の超過料金30ユーロの支払いをしなさいという内容が書かれていました。私たちは買い物の時間、わずか1時間足らずしか駐車していません。
なぜ?
フィンランドでは、プラスチック製のおもちゃの時計のような板がどこのスーパーにも売っているのですが、その時計で何時から駐車してるかということを、自己申告するシステムになっています。
公園の駐車場や、街の中の駐車スペースに止めるときは、ちゃんと時間を合わせていたのですが、スーパーマーケットの駐車場ということもあり、その時計を合わせるのをうっかりしていました。実際は午前11時半から止めていたのですが、その時計は午後1時半を指しているままでした。という事は丸一日近く駐車してるということを表示していたわけです。
駐車場ごとに、ここは2時間までならいいですよとか、ここは1時間です、とかの表示があります。
私たちはフィンランドに知り合いがあるわけではなく、フィンランド語や英語がペラペラ話せるわけでもないので、こういう体験の中で、ひとつひとつフィンランドのシステムを学んでいます。だから、失敗や、間違いを繰り返しながらの遅々たる歩みです。
実際は1時間足らずの駐車でも、やはり時計を合わせることを怠ったわたし達のミスで、このおかげでフィンランドのシステムがまたひとつわかったのだから、この30ユーロは授業料だねと夫と話しながら、スーパーマーケットのインフォメーションに払いに行ったら、これはここではなくて警察だと教えられ、「ああ、これも警察の管轄なんだ」とまた、ひとつわかり・・・ こんな感じの学びの繰り返しです
(事情を話したら、今回は大目に見ましょうと言ってくれ、結局は払わずに済みました。
ここは、電気の使用料も自己申告。(メーターを自分で読んで申告します)
ヘルシンキの街を走るトラムは1時間有効の切符なのですが、それも自己申告。(時々、検札がありますが、めったにありません)
スーパーの野菜や果物も、何をどれだけ買ったかも自己申告。
近くの良く行くスーパーに、1個0,35ユーロのドーナッツがあるのですが、その個数も自己申告。レジの人は、中身を確かめた事はありません。
すべてその人の資質に任されているのです。
最近は、ごまかす人が増えてこのシステムの続行が危ぶまれているそうですが、まだまだ「ごまかさない人」の数のほうが多いから成り立っているともいえます。
もし、日本でこのシステムを試したら、たぶん一日でスーパーは破産するのではないかと思います。
昨日のハプニングで、「フィンランドではごまかす人が少ない」と言うことだけではなく、いつも「人間としての資質」の問いを自分自身につきつけなければならない、ある意味では厳しいものがあることに気づきました。
「自由の裏の責任」を、改めて考えさせられる出来事でした。

写真はケミの教会です。