心の貧しさ

 フィンランド語教室は、「Oulu Opisto」という所で、行われています。
ここは、一般人に対しての数十種類の教養講座が開かれているほか、音楽家の学生も利用しているスペースです。大学とのどのような関連があるのか、詳しい位置づけは判りませんが、私が授業を受けに行く時間帯は、楽器を抱えた学生たちで中央ホールはにぎわっています。
そして、授業が終わる7時には、また次の時間帯で講義を受けに来る一般人がたくさんやってきます。
私たちは4時半からの授業なのですが、いつもだいたい4時前後に到着します。
そして、この1階ロビーか、喫茶部のあるスペースで、時間をつぶします。
この、学生も一般人もたくさん出入りする1階ロビーの一角に、写真のようなコーナーがあります。このようなコートラックが5列ほど並んでいて、ひとつの列にたぶん30着くらいのコートがかけられています。そしてその棚には、「ご自分の責任で!」と言う張り紙がしてあります。もちろん鍵もないし、届出も必要なし。20120223_2374297
まぁ日本で言うなら、お店に入るところにおいてある傘たてのようなものでしょうか・・・
店の中に持って入るのは邪魔だから、置いていくという感じです。
でも、ここは傘ではなく、コートです。
しかも、学生たちはコートをそこに置いて、離れた棟の教室へ行ってしまうわけです。
誰が入ってくるか判らないし、誰かが持っていってしまうかもしれない。

そもそも、この国は「うそは罪」という概念があり、電車でも、スーツケースなどの大きな荷物は、座席からは遠く離れた棚に置いておくのです。座席の貨車からは扉で仕切られているので、自分の荷物はまったく視界に入りません。
たぶん「盗まれるかもしれない」なんて、まったく考えないのでしょう。
私はこの国のこういうところに、感動を覚えます。
けれど、実際に私はこの棚にコートを置いていったことはありません。
フィンランドの冬の寒さは厳しく、コートも相当分厚くてカサが高いので、教室に持っていくと、置き場所に困るのですが、もしなくなっていたらという不安がよぎってしまいます。
日本では、自転車に鍵をかけなければ、必ず盗まれます。
鍵をかけていても、高価な自転車を何回も盗まれたという友達もいます。
安全だと言われている日本でも、そんな事は当たり前です。
「人を見たら泥棒と思え」と言うことわざもあるのですから・・・

でも、平気でコートを置いていくフィンランド人の横を、分厚いコートを抱えて教室に向かいながら「まだまだ私の心は貧しいなぁ」と、思わずにはいられませんでした。

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