重荷の正体 2

私はお酒はあまり好きではありません。
両親は全くお酒を飲まなかったので、お酒に酔った人を見るのはとても恐いことのように思っていました。
体質としては私はお酒を飲んでも少し話したりするペースが落ちるくらいで、割と強いほうなのですが、私は自分にとても規制をしていると無意識に感じていましたから、お酒に酔って何かとんでもないことを言ったりしたら、うそが(といってうそをついているつもりはないのですが)全部ばれてしまう、という恐さもあって、自分がわからなくなるほど酔ったことは今まで一度もありません。
あれは確か8年位前のことです。
兵庫県の山の中で半自給自足の生活をしているとき、知人からいただいた焼酎を、1本(1000ml)飲み干したことがありました。それでも、そんなに酔っているとは思っていませんでした。でもその時、私は口走ったのです。
「いつもあの子たち二人(息子二人のこと)を私一人の肩に乗せて、生きてきたんだよ。どんなに重かったと思ってるのよ。なのに、あの子たちは私のことを嫌い、嫌いと言って、… まったく!!」
そう言って泣き出したのです。
私は自分の言葉に自分で驚きました。
そんなことを自分が思っているとは夢にも思わなかったのです。私は二度の離婚暦があるので、息子と父親に血のつながりがない「なさぬ仲」をたびたび経験してきているのです。そしてその体験から私が選んだのは、そのときの夫が私の子供を好きになってくれるこが、私と私の子供の安全につながるということでした。
子供が私より夫を好きになって欲しい、私のことを嫌いと言ってもかまわない、と思ってきました。
その私の心の中に、子供に対してそんな恨みがましい心があったことに驚いたのです。
久しぶりに今朝、そのときのことを思い出しました。
そして、安全のために、一生懸命無駄な努力をしていた私が、とてもかわいそうになり涙が出そうになりました。
人は幻の恐怖におびえ、自分を押し殺し、苦しい思いをしているんだなと改めて思いました。
続く

写真はオウルから森の家への帰り道、二重にかかった虹が見えました。
20110916_2150809

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