『せねばならぬ』の荷物 2

 前回も書いたように、放って置いては自分は母のようになってしまう。と言うのが私が「せねばならぬ」の荷物を背負ってしまう理由のひとつです。
また、私には4歳年上の兄がいるのですが、彼がいまだにギャンブル中毒から抜け出ていません。父は生涯かけて家族のためにまじめに働きぬいた人です。そしてそのおかげで私たちは子供の頃から裕福に育ちました。相当の蓄えも、もちろんもうすでにローンの残っていない家もありました。けれど兄はその父が築いた蓄えも家もすべてギャンブルに投下し、父が亡くなった時(2002年4月)には、父の遺体を病院から連れて帰るお金さえありませんでした。
まじめな父を、母と兄が食い尽くしたという印象を、私は持っています。
けれど、間違いなくその母の血を私は受け継いでいるのです。母の性格を激しく拒絶する一方で、母の断片を私の中に発見し、ゾッとすることが何度もありました。
「してはいけない」カセをはめなければ、私は何をするかわからない。
野放しにすれば、きっと母と同じ、いいえ母以上のひどい人間になってしまう。

「人に迷惑をかけてはならない」
「依存してはいけない」
「潔くなければならない」
「正義でなければならない」
「嫉妬してはいけない」
「都会より田舎を好きにならなければならない」
「贅沢に酔いしれてはいけない」
「間違った判断を下さないように、細心の注意を払わないといけない」
「現在に不服を言ってはいけない」
「感謝をしなければならない」・・・etc.

これは、すべて正しいことです。
人間社会で生きているのだから、当然守らなければならないルールです。
生きるってなんてしんどいことなんだろう。
「輪廻転生」?
こんなしんどい人生に、もう一度生まれ変わるなんて、イヤだー!!

でも、「こんなしんどい人生」から、「人生って、なんてすばらしい」へ
移行できる糸口を、ようやく、見つけたみたいなんです。

続く

写真1:道端のサンタベリー

サンタベリー

写真2:ビルベリーとサンタベリーの絨毯で敷き詰められた森の中

ベリーの絨毯

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中