”せねばならぬ”の荷物 3

 前回からご無沙汰してしまいました。
あれから、いろんな気づきがあって、何を書くかまとまりがつきませんでした。
前に書いたように私はいつも「正しく」生きてきたつもりでした。
男なんかに負けてたまるかと、気負って生きてきました。
この負けず嫌いの性格が、私にとってはかなりの問題だったようです。
『気負う』と言う言葉を調べてみると、《「競(きお)う」から派生した語》(デジタル大辞泉より)と、ありました。
競っている、戦っているんですよね。
振り返ってみると、あらゆる場面で私のこの「負けず嫌い」が私を支えてきたエネルギーの根源であったことも間違いのない事実です。
けれど、競っていて、戦っていて、平和が来るはずがありません。
戦う⇒周りは敵だ⇒周りは信頼できない

フィンランドは、「競争」と言う概念を排除した国です。
すべてが「信頼」で成り立っています。
日本人の私たちから見れば、スーパーマーケットでも、トラム(路面電車)でもごまかせるところだらけです。列車の駅も、改札口がありません。
スーパーマーケットで売っている野菜や果物、菓子パンなどは量り売りです。
たとえば、きゅうりを買う場合、1kgあたりの値段と番号が書いてあります。
自分で欲しい分だけを袋に入れて(1本でもOK)、秤にかけ、表示されていた番号のボタンを押します。するとその値段が表示されたバーコードのシールが出てきるので、そのシールを貼って、レジで清算します。
ここで、1kgあたりの値段が安い番号を押すことも可能です。
また、秤に乗せるときは1本入れてバーコードシールを出し、その後で袋にたくさんのきゅうりを入れれば、きゅうり1本の値段で、3本でも5本でも買えるわけです。
もちろん、ごまかしている人もいるとは思うのですが、ごまかさない人が大多数だからこそ成り立っているシステムです。

このようなシステムで動いている国を知ったとき、私は感動しました。
けれど、自分の中に「戦いモード」があることに気づいたのはつい先日なのです。
ただ、こういうことに気づいたとき、いつもの私の癖で、「私は今まで戦ってきたのだ。
これは間違っている。だから戦ってはいけない。平和であらねばならない」と進んでしまうと、また「してはならない」「せねばならぬ」の荷物が増えるわけです。
そして、問題の「戦いモード」は、私の心の奥深くに押さえ込まれただけで決して消えはしないのです。消えないだけではなく、押し込められた想いは、表面意識のスキを見ては、表に出ようとたくらみます。
こうして、自分の中で戦いが始まります。

ではいったい、私たちはどうすればいいのでしょう?!

続く

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私たちはなぜ生まれ、何を学びそしてどこへ帰るのか。

人間のこの永遠のテーマを、私自身の実際の人生を通して、

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ルン


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『せねばならぬ』の荷物 2

 前回も書いたように、放って置いては自分は母のようになってしまう。と言うのが私が「せねばならぬ」の荷物を背負ってしまう理由のひとつです。
また、私には4歳年上の兄がいるのですが、彼がいまだにギャンブル中毒から抜け出ていません。父は生涯かけて家族のためにまじめに働きぬいた人です。そしてそのおかげで私たちは子供の頃から裕福に育ちました。相当の蓄えも、もちろんもうすでにローンの残っていない家もありました。けれど兄はその父が築いた蓄えも家もすべてギャンブルに投下し、父が亡くなった時(2002年4月)には、父の遺体を病院から連れて帰るお金さえありませんでした。
まじめな父を、母と兄が食い尽くしたという印象を、私は持っています。
けれど、間違いなくその母の血を私は受け継いでいるのです。母の性格を激しく拒絶する一方で、母の断片を私の中に発見し、ゾッとすることが何度もありました。
「してはいけない」カセをはめなければ、私は何をするかわからない。
野放しにすれば、きっと母と同じ、いいえ母以上のひどい人間になってしまう。

「人に迷惑をかけてはならない」
「依存してはいけない」
「潔くなければならない」
「正義でなければならない」
「嫉妬してはいけない」
「都会より田舎を好きにならなければならない」
「贅沢に酔いしれてはいけない」
「間違った判断を下さないように、細心の注意を払わないといけない」
「現在に不服を言ってはいけない」
「感謝をしなければならない」・・・etc.

これは、すべて正しいことです。
人間社会で生きているのだから、当然守らなければならないルールです。
生きるってなんてしんどいことなんだろう。
「輪廻転生」?
こんなしんどい人生に、もう一度生まれ変わるなんて、イヤだー!!

でも、「こんなしんどい人生」から、「人生って、なんてすばらしい」へ
移行できる糸口を、ようやく、見つけたみたいなんです。

続く

写真1:道端のサンタベリー

サンタベリー

写真2:ビルベリーとサンタベリーの絨毯で敷き詰められた森の中

ベリーの絨毯

「せねばならぬ」の荷物

 二度の離婚についても、初めてのフィンランド一人旅についても、
私の人生をこのように改めて書いてみて、私というものを見つめてみると、
なんと肩に力のはいった行き方をしていたのだろうと、思います。

10年位前から、私の中に疑問がありました。
現在のパートナーは、「何かに気づくたびに、生きることが楽になる」と言っていました。
それに対して、私は、「何かに気づくたびに、生きることがしんどくなる」と思ってきました。
これは大きな違いです。
この「何かに気づく」と言うのは、たとえば「フィンランドを見てみたい」と思った。
彼は行けばいいという。でも、私は「恐い」⇒「見たいと思ったのに恐いと言って、行くのをやめてはいけない」⇒「恐いを振り払って、行かなければならない」
というふうに「潔く生きる」ためには、「恐い」とひるむことは私にとっては「卑怯なこと」になるのです。
でも、「行かなければならない」になったときは、「見てみたい」というあのわくわくした好奇心はどこかに消えてしまっているのです。
正しく生きるためには、「こうしなければ」「ああしなければ」と、『せねばならぬ』の荷物ばかりが肩にのしかかって、私はどんどん息苦しくなりました。
でも、その息苦しいさえ、「言ってはならない」になりました。
自分でも気づかぬうちに、その荷物は膨れ上がり、自分の本当の願望や、喜びを感じられなくなっていたようです。

私の父は「仏さんのような人」と言われるほど、穏やかで、働き者で、博識があり、控えめで… と言うような人でした。
その反対に母は、まったくひどくわがままな人でした。
わたしはどこかで、人間と言うものはいつも自粛し、規制していないと母のようになってしまうという概念を、自分自身にしっかり植え込んでいたようです。

続く