「別れたい」から「別れよう」の決断まで

 タイトルのように、実際に別れるという行為に至る過程は、長い月日を要しました。
まず第一に、経済的な問題。私の収入源は前回にも書いたとおり、自宅で開いた塾です。
そのままその塾を継続できるなら、子供を育てていくのに十分な収入でした。
けれど、離婚となるとこの家を処分し、売った価格からローンの残高を差し引いた額を二人で分けると言うことになるのでしょう。当然、塾は続けられません。
ともに生きていくパートナーではないと判断したとき、日本の女性を取り巻く状況はとても厳しいものです。アパートも、母子家庭や、女性の一人暮らしの場合、親族の保証人を立てなければ、貸してもらえません。
また、女性の社会での収入は、正社員であっても、同じ正社員の男性より低く、パートであっても、同じパートの男性より低いのです。
(特に現在はリーマンショック以降の不景気の状況で、男性ですら正社員になれない社会状況ですから、私が離婚したときより、もっと女性は生き難くなっていると思います)

現在の母子家庭の年収は、一般家庭の年収の半分以下だといいます。
崖っぷちに立って、さぁ飛び立つのか、踏みとどまるのか。
トンとひと突き、誰かが背中を押してくれれば、飛べるのに・・・
その頃の私の関心ごとは、当時4,5歳だった息子が、大きくなったとき、どのように思うだろうということでした。
別れたら別れたで、「何で離婚なんかしたんだ」と責めるかもしれない。
といって、我慢して別れなかったら、「何でこんなに仲が悪いのに離婚しなかったんだ!」と非難するかもしれない。
果たして大人になったこの子はどちらを望むのだろう。
出るはずのない答えを求めて、迷い続ける日々でした。

そんな時、同じように夫婦の問題で悩んでいる友達と話していて、急にある思いが私の心に浮かびました。その友達には3人の子供がいました。
私は子供が一人だから、この子がどう判断するかが重大になっているけれど、もしこの友達のように子供が3人もいたら、その子によって下す判断は違うだろう。となると、「子供の望むようには親の生き方を決めるわけには行かないんだ。私が如何に生きるかなんだ」というシンプルな答えに行き着いたのです。
私がこの心の冷え切った夫婦関係を続けるということは、子供のためだとかというきれいごとで隠しても、所詮、経済的に貧しくなることが怖いだけなのです。
もし、私が離婚しない道を選んで、この子が大きくなったとき「なんで!?」と責めたとき、私は言い訳ができないと思いました。
でも、離婚を選んで、たとえこの子に学歴を付けてやれなかったとして、「なんで母さんは離婚なんかしたんだ!こんな貧乏になりたくなかった」と私を責めたとしても、そのときは私は堂々とこの子の目を見て、自分の選んだ生き方を話すことができると、確信しました。

本気でこの夫と人間関係を築くことは無理だと思ってから、子の決断にいたるまで丸4年の歳月が過ぎていました。
続く

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